昭和の音楽界を華やかに彩った「シャンソンの女王」がいます。
越路吹雪(こしじ・ふぶき)。
現在、NHKの朝の連続テレビ小説のモデルと言われる、「ブギの女王」・笠置シヅ子(かさぎ・しずこ)の、10歳年下。
宝塚音楽歌劇学校に入れなかった笠置とは違い、越路は、長野県飯山高等女学校在学中に、宝塚に合格。
男役トップスターとして、戦中、戦後を駆け抜けました。
しかし、入団当初、そのふるまいは、破天荒で規格外。
同期だった、美貌の月丘夢路、才能の乙羽信子に対抗するかのように、喫煙、飲酒に、門限破り。
ついたあだ名は「不良少女」だったのです。
トップに登り詰める欲もなく、ただ淡々と日々を過ごしていた越路。
ただ、ダンスだけは大好きで、レッスン場で人知れず練習していたと言われています。
背が高い彼女は男役として舞台に立ちますが、最初は目立つ存在ではありませんでした。
転機は、19歳のときの舞台『航空母艦』。
水兵役の彼女が甲板で浪花節『清水次郎長』をうなるシーン。
美しいハイトーンではなく、いきなり渋い浪花節。
客席はどよめきから拍手に、やがて大喝采に変ったのです。
越路の存在を世間に知らしめるワンシーン。
実は、この舞台のために、彼女は浪曲師・広沢虎造のレコードを擦り切れるまで聞き込んでいたのです。
他の人と比べると、足りないものばかりが目に入る。
そんなとき、彼女がとった行動は、「枠をはみだす」ということでした。
真正面からぶつかっていてはかなわないのであれば、自分は自分のやりかたで、努力し、学んでいく。
そうして彼女は、トップスターへの階段を上って行ったのです。
『愛の讃歌』で知られる唯一無二のエンターテイナー、越路吹雪が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?